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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)104号 判決

東京都世田谷区玉堤二丁目一〇番九号アルス等々力一〇一号

控訴人

白上茂和

右訴訟代理人弁護士

村上誠

同都目黒区中目黒五丁目二七番一六号

被控訴人

目黒税務署長

福原淳之助

右指定代理人

武井豊

郷間弘司

山中順次郎

守屋和夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し昭和五六年三月一四日付でした控訴人の昭和五二年分所得税の更正(以下「本件更正」という。)のうち、課税所得金額三一四万〇五〇九円を超える部分及び同年分所得税の過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」といい、これと本件更正をあわせて「本件処分」という。)のうち、三五万六六〇〇円を超える部分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示欄の「第二当事者の主張」(原判決二枚目表八行目冒頭から一二枚目表四行目末尾まで及び二二枚目から二四枚目の別表及び別紙一、二)に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  本件建物には、民法上、税法上の借地権は存在していなかつた。すなわち、

(一) 借地権存否の判断は、文が本件建物を孫らから買い受けた昭和四二年を基準にすべきところ、当時は、本件建物の敷地の所有者である田中隆平が本件建物の所有者である孫に対し、本件建物についての強制競売を申立てたり、仮処分申請をするなどして係争中であつて、右田中と孫との間又は右田中と文との間には、土地賃貸借契約関係又は土地賃借権譲渡承認手続は全く存在せず、したがつて、文は、本件建物の敷地についての賃借権を取得しなかつた。

(二) 仮に、借地権存否を判断すべき基準時は、本件建物が広島興産に譲渡された昭和五二年当時であるとしても、右当時も本件建物には税法上の借地権は存在していなかつた。すなわち、

(1) 現行税法上、借地権価値は、別図に示すとおり、敷地所有権のもつ地代収受権価格との相関関係で評価することとされている。具体的には、法人税法施行令一三七条は、更地価格に対しておおむね八パーセント程度の正常金利相当の年額地代を収受している場合には、地代の額を基準にして資本還元した土地所有権価格は一〇〇パーセントであり、借地権は、権利として存在するが、税法上の評価としては零である旨の決意を規定したものである。

(2) これを本件にあてはめれば、本件建物が売却された昭和五二年当時、本件建物の敷地の公示価格は、一平方メートル当り四万八〇〇〇円であつて、右敷地面積は二八〇・八七平方メートルであるから、右敷地全体の更地価格は、一三四八万一七六〇円にすぎず、右敷地所有者が収受すべき正常金利担当の「相当の地代」は、年間一〇七万八五四〇円となる。しかるに、当時、控訴人及び文は、本件建物の敷地所有者である共栄企業に対し、毎月合計八〇万円、年間合計九六〇万円の地代を支払つていたとされるのであつて、右は、前記相当の地代を上廻つているから、本件建物の敷地について税法上の借地権が発生する余地はない。

2  原判決八枚目裏六、七行目の「〈2〉の事実は知らない」を「〈2〉の事実は否認する」と、九行目の「本件資産」を「本件建物」と、それぞれ改め、末行の「本件資産」の前に「本件建物につき借地権が存在していたこと及び」を加え、九枚目表一行目の「知らない」を「否認する、本件建物を購入するため、文は孫に二五〇〇万円支払つたほか、徐彩源に一五〇〇万円支払い、また控訴人は、本件建物の改装及び設備資金として一六五〇万円を投入したのであるから、本件建物の取得費は、五六五〇万円である」と、一〇枚目表三行目の「原告が文から」を「控訴人と文が」と、それぞれ改め、五行目の「(5)」を削る。

二  被控訴人

1  控訴人の前記一1の主張は争う。すなわち、

(一) (一)について 共栄企業は、昭和四六年一二月一五日、田中隆平から本件建物の敷地を買受けたものであるところ、控訴人及び文は、昭和四七年一月一日以降右敷地を共栄企業から賃料一か月八〇万円の約で賃借した。したがつて、本件建物は、遅くとも同日以降は借地権付き建物となつた。

(二) (二)について (1) 法人税法施行令一三七条は、新たに借地権を設定する際権利金の授受がなされなかつた場合でも、更地価額の八パーセント程度の年額地代を収受すれば、正常な取引であると認め、底地所有者たる法人に対し権利金を収受したものであるとの認定課税は行わないこととする趣旨であつて、借地権の設定そのものがなかつた扱いとする趣旨までも含むものではない。(2) 本件建物の敷地付近の土地(更地)の昭和五二年の公示価格は、一平方メートル当り四二万円であり、本件建物の敷地面積は七二二・六五平方メートルであるから、右敷地の昭和五二年当時の更地価額は、三億〇三五一万三〇〇〇円である。右更地価額に対する法人税法施行令一三七条所定の「相当の地代」は、年額二四〇〇万円余となり、したがつて、控訴人及び文が共栄企業に対して支払つていた地代年額合計九六〇万円は、右相当地代を下廻つているから、税法上、借地権価額が零と評価されることにはならない。

2  七枚目裏二行目の「同年」を「昭和五二年」と、九行目の「一億〇〇八〇万円」を「一億〇八〇〇万円」と、二三枚目表七行目の「鋼板茸」を「鋼板交茸」と、それぞれ改める。

第三証拠

原審及び当審訴訟記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当であるから棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示(原判決一二枚目表一〇行目冒頭から二一枚目表二行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  一二枚目裏九行目の「弁論の全趣旨」の前に「原本の存在とその成立に争いのない乙第二二号証、」を加え、一〇行目の「及び」を「が認められ、成立に争いのない乙第一六号証及び原審証人文相晋の証言並びに弁論の全趣旨を総合することによりその」と改め、同行目の「(但し、」から一一行目の「除く)」までを削り、同行目の「証人」を「原審証人」と改め、以下一七枚目表六行目の「証人」までの間の「証人」とあるのはすべて「原審証人」と改める。

2  一三枚目表五行目の「広島西税務署」の前に「弁論の全趣旨により原本の存在が認められ、」を加え、同五、六行目及び七行目の各「原本の存在及び」を削り、八、九行目の「並びに原告本人尋問の結果」を「、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(但し、後記措信できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨」と改める。

3  一三枚目裏八行目の「建物代金」から末行の「売買契約」までを「建物代金を二五〇〇万円とする売買契約」と、末行の「同月」を「そのころ」と、一四枚目表七、八行目の「昭和四三年」を「昭和四三年ころ」と、それぞれ改める。

4  一四枚目裏七行目の「一丁目」から八行目の「買い受けた」までを「一丁目一五番六ないし九の四筆の宅地(面積合計六一五・六一平方メートル)及び同所同番一〇の宅地(道路敷、面積一四二・七二平方メートル)の持分四分の三をその所有者である田中隆平から買い受けた」と改める。

5  一五枚目九、一〇行目の「租税公課」を「本件建物に関する租税公課及び減価償却費」と改める。

6  一五行目裏四行目の「原告本人」を「甲第八号証の三ないし八及び第一一号証の記述中並びに原審及び当審における控訴人本人」と、七行目の「本件建物」を「本件資産」と、それぞれ改める。

7  一五枚目裏八行目の次に改行のうえ、次のとおり加える。「控訴人は、本件建物には敷地の賃借権が存在しなかつた旨主張するが、前記認定事実によれば、控訴人及び文において、文が昭和四二年二月ころ本件建物を買い受けた当初には、本件建物の敷地につき賃借権を取得しなかつたものの、共栄企業が右敷地を買い受けた後である昭和四七年一月一日以降は、右敷地を賃料一か月八〇万円の約で共栄企業から賃借することにより、右敷地の賃借権を取得したことは、明らかである。

なお、控訴人は、仮に、本件建物の敷地につき民法上の借地権が存在したとしても、税法上の借地権は存在しなかつた旨主張するので、更に検討する。

法人税法施行令三七条、法人税基本通達一三-一-二は、内国法人が、借地権の設定に当り通常権利金を授受する取引上の慣行がある地域において、権利金を収受することなく、他人に借地権を設定した場合であつても、相当の地代(当該土地の更地価額に対しておおむね年八パーセント程度の地代)を収受しているときは、当該土地利用の取引は正常な取引条件でなされたものであるとして取扱う(換言すれば、当該取引を否認し、借地権利金相当額の収益が法人に帰属したものとして益金を認定し、更にその借地権利金相当額を給与又は寄付金として借地人に支出したものとして認定課税するとの取扱いはしない)旨を定めたにすぎず、仮に相当の地代が支払われていたとしても、それによつて借地権の設定そのものがなかつたという取扱をする趣旨ではないと解するのが相当である。

しかも、前掲乙第一一ないし第一四号証、成立に争いのない乙第一九号証の一ないし八、第二〇号証の一ないし四、第二一号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五二年一月一日現在の本件建物の敷地の近隣の土地(約六〇メートル離れているだけ)の公示価格が一平方メートル当たり四二万円であること、右公示価格に対比して、右敷地の同日現在の時価は、一平方メートル当たり約四〇万円、右敷地全体(七二二・六五平方メートル)の時価は、約二億八九〇〇万円であること、控訴人及び文が共栄企業に支払うべき地代は、昭和五二年一月当時一か月八〇万円であつて、前記敷地時価に対する年額地代率は三・三二パーセント強にすぎないことが認められるのであるから、右事実に照らし、少くとも昭和五二年二月当時において税法上右敷地の借地権価額が零と評価されることにならないことは明らかである。

したがつて、控訴人の前記主張は失当である。」

8  一六枚目表五行目の「賃貸人」を「所有者である田中隆平」と改める。

9  一七枚目表二行目の「第一六号証、」の次に「第二二号証、」を加え、五行目の「証人文相晋の証言」を「弁論の全趣旨」と、六行目の「原告本人尋問の結果」を「原審における控訴人本人尋問の結果(但し、後記措信できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨」と、九行目の「本件敷地」を「本件建物の敷地」と、それぞれ改める。

10  一七枚目裏五行目の「三月二六日」及び「四月一九日」の後にそれぞれ「ころ」を加え、一〇行目の「置いたため」を「置いたまま、文に対し、『東京でパチンコ店を共同経営することは断念した。右六〇〇〇万円は、広島毎日会館の営業売却に伴う控訴人の取り分として控訴人が収得することとする。』旨を通告したため」と改める。

11  一八枚目表七行目の「原告本人」を「原審及び当審における控訴人本人」と改め、八行目の「措置できず、」の次に「甲第九号証及び第一〇号証の一ないし七は右認定に反するものではなぐ、」を加える。

12  一八枚目裏四行目、七行目及び九行目の「本件建物」をそれぞれ「本件資産」と改める。

13  一九枚目裏一〇行目の「金員の趣旨」の次に「並びに受領後の使途」を加える。

14  二〇枚目裏一〇行目の「乙第一〇号証」を「乙第六号証、第一〇号証」と改める。

15  二〇枚目裏三行目の次に改行のうえ次のとおり加える。「控訴人は、本件建物の取得費は五六五〇万円である旨主張し、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中には、『文相晋は、本件建物を買い受ける際、孫に対し二五〇〇万円支払つたほか、徐彩源に対し一五〇〇万円支払つた。このほかに控訴人自身が本件建物の内装工事、機械設備関係に一六五〇万円支出したので、本件建物の取得代金は合計で五六五〇万円になる。』旨の右主張に副う供述部分があり、また甲第八号証の三ないし一〇及び原審証人文相晋の証言中には、『文相晋は、本件建物を買い受けるため、孫に二五〇〇万円支払つたほかに右徐に対し一五〇〇万円を支払つた。』旨の記述部分及び供述部分がある。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、文の徐に対する右一五〇〇万円の支払は、甲第八号証の九、一〇の約束手形によつてなされたということになるのであるが、右手形の支払期日は昭和四六年六月六日(文が孫から本件建物を買い受けた約四年後)であるとされていること自体からみて、右手形が本件建物の買受代金の支払のため振出されたことは疑わしいといわざるをえず、また前記乙第六号証(長野千秋税理士が関与して作成された控訴人の昭和四七年分所得税青色申告決算書)記載の本件建物にかかる減価償却費の計算から逆算すれば、本件建物の取得価格のうち、控訴人の持分(負担部分)は一〇〇〇万円を超えるものではなかつたと推認することができるのであるから、前記甲第八号証の三ないし一〇の記載部分並びに原審証人文相晋及び原審及び当審における控訴人本人の供述部分は措信することができず、他に本件建物の取得価格が二五〇〇万円を超えていたことを認めるに足りる証拠はない。」

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 鈴木經夫 裁判官 山崎宏征)

別図

〈省略〉

◎ 土地所有権=地代収受権

◎ 土地の価格=更地の価値は、その土地がどれだけの利潤を生むかによって決まる。利潤の一形体としての地代が平均利子率あるいは正常金利相当なら、その土地は更地と同じである。なぜなら、借地権者側から見れば、その土地の生む利潤すべてを地代として地主に支払うこととなり、何の経済的利益を獲得できないからである。

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